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≪駆けある記≫旧ソ連とたたかった党

ロシアによるウクライナ侵略――旧ソ連の覇権主義と断固たたかってきた党の歴史、青春時代の体験と重ね、暴挙が必ず失敗に終わり、歴史の厳しい審判が下ると確信します。

私の旧ソ連覇権主義との直接対決は、ベトナム戦争の最中、被爆二世の学生として参加した1973年の世界青年学生祭典(ベルリン)が最初です。80年代前半には民青同盟代表として世界民主青年連盟本部(ブダペスト)に駐在、その一千日余は「ソ連派」のなかの孤軍奮闘で激烈な日々でした。

当時の重大テーマは、ソ連のアフガニスタン侵略と核兵器廃絶。軍による政権転覆は、今のロシアと同じです。これを「ソ連の援助」とする大合唱のなか、凶暴な覇権主義として糾弾し続けました。こうした無法の末に1991年のソ連崩壊。日本共産党が「歴史的巨悪の崩壊」と、もろ手をあげて歓迎したのは胸のすく思いでした。

米ソの核軍拡競争のなか、核兵器廃絶を緊急課題にとの提案には「反ソ主義」「危険な発言」と悪罵の集中砲火。被爆者と原水爆禁止運動が世界を動かし、発効した核兵器禁止条約のもと、ロシアの核脅迫は明白な国際法違反です。

今回、各地で一斉に抗議する反戦平和の党。参院選で必ず躍進をと力がこもります。

【「しんぶん赤旗」2022年3月1日付首都圏版】

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